ZACKが継承するもの——現代ドイツデザインの今
バウハウスがワイマールに誕生してから、100年余りが経ちました。ヴァルター・グロピウスが掲げた「芸術と工芸の統合」という理念は、ウルム造形大学へと受け継がれ、ハンス・グッゲロートやディーター・ラムスを経て、現代のプロダクトデザインの原点を形成しました。このシリーズでは、ドイツ工作連盟からはじまる前史から、ラムスの「良いデザインの10原則」まで、35本の記事を通じてその系譜をたどってきました。
最終回となるこの記事では、「ドイツデザインの遺産は今どこにあるか」という問いに立ち返ります。そしてその答えの一つとして、現代のドイツブランドが日常空間のなかでどのように生きているかを見ていきます。
機能美は、今もドイツにある
バウハウスが問い続けたのは、「何のためのデザインか」という問いでした。装飾のためではなく、使う人のために——その思想はウルムで深化し、ラムスの仕事で結実しました。では現代はどうでしょうか。
1980年代以降、デジタル技術の進化は製品のデザインに大きな変化をもたらしました。スクリーンが製品の「顔」を覆い、フィジカルな素材感や構造の論理は、目に見えない場所へと後退しました。それでもドイツでは、触れられるものとしてのプロダクトデザイン——手で持ち、目で確かめ、長く使うことを前提にした設計——の伝統が、今も一部のメーカーによって受け継がれています。
「良いデザインは長持ちする」。ラムスの第7原則と響き合うように、流行を追うことなく時代を超えて使われるものを作ることが、真のデザインの条件の一つとされています。その原則は、製品の物理的な耐久性だけでなく、美的な意味での持続性をも含んでいます。
ZACKのデザイン哲学——ラムスの原則が息づく場所
ドイツのZACK GmbHは、バスルームやオフィス、キッチンといった生活空間向けのアクセサリーを手がけるブランドです。タオル掛けやソープホルダー、トイレブラシといった、日常の中でほとんど意識されることのない道具を、デザインの対象として正面から捉えています。
同ブランドのメインデザイナーであるヘイコ・リンケ(Heico Linke)が体現するコンセプトは、「余分な装飾を削ぎ落とした機能美」です。この言葉を聞いたとき、ラムスの「良いデザインは控えめである」「良いデザインはできる限りデザインしない」という原則が自然に重なります。
ZACKの製品は、主張しません。壁に取り付けられたタオル掛けは、空間の一部として静かに存在し、使う人の動作を妨げることなく、ただその機能を果たします。ZACKの製品もまた、生活の主役である人の動きを引き立てるための存在として設計されています。
ヘアライン仕上げという選択——素材と時間の関係
ZACKの製品の多くに共通するのが、ヘアライン仕上げのステンレスという素材の選択です。表面に細かな線状の研磨跡を持つこの仕上げは、光沢を抑えながらも品質感を保ちます。
ヘアライン仕上げには、実用的な理由があります。鏡面仕上げに比べて指紋や細かな傷が目立ちにくく、日常の使用に伴う変化をある程度受け入れながら、長く美しさを保ちやすい。これはラムスが「良いデザインは誠実である」と語ったこととも、どこかつながっています。素材の特性を隠すのではなく、その特性を活かした設計——それが誠実なデザインの一つの形です。
ステンレスそのものは冷たい素材です。しかし、ヘアライン仕上げを施されたステンレスは、触れたときのわずかな質感によって、金属の硬質さをやわらげます。日常の手触りとして設計された素材の使い方は、バウハウスの金属工房がティーポット一つに込めた問いの延長線上にあるとも言えるでしょう。
日本とドイツデザインの共鳴
前の記事「ドイツと日本のデザイン美学——なぜ侘び寂びとバウハウスは共鳴するか」でも触れましたが、日本の美意識とドイツのデザイン哲学には、互いを引き寄せる何かがあります。余白を大切にすること、素材の本質を尊重すること、主張しすぎないこと——これらは文化の違いを超えて、似た美的判断として現れます。
ZACKの製品が日本の生活空間に馴染みやすいのは、その共鳴があるからかもしれません。私たちビザイン株式会社が日本での販売を手がけ、バスルームやオフィスといった空間にZACKのプロダクトを届けているのも、単なる輸入販売にとどまらず、そうした美意識の橋渡しとして機能している信じているからです。
「使う人のことを考えたデザイン」は、国や文化を問わず、使う人の暮らしに静かに寄り添います。ドイツで生まれた機能美が、日本の日常空間の中に置かれたとき、その哲学はここでも生き続けます。
良いデザインは長持ちする——日常に根ざす美
バウハウスの工房で試された素材、ウルムで整理された設計の論理、ラムスが言葉にした10の原則——それらはすべて、「作られたものが人の生活にどう関わるか」という問いへの応答でした。
その問いは、今も続いています。壁に掛かるタオル掛け一つに、100年の思想の蓄積が静かに宿っている——そう考えると、日常の空間は少し違って見えてくるかもしれません。
このシリーズを通じてたどってきた系譜は、歴史の教科書の中だけにあるものではありません。手が届くところに、ドイツデザインの今があります。
Photo: ZACK GmbH. All rights reserved.
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Series
ドイツデザインの系譜 — 全記事一覧
前史——バウハウスが生まれる土壌
バウハウス(1919–1933)
- 4.バウハウスとは何か——ワイマール共和国が生んだ実験
- 5.グロピウスが夢見た「統合芸術」——バウハウスが目指した全体デザイン
- 6.バウハウスの金属工房革命——ティーポット一つが変えたデザイン史
- 7.マリアンヌ・ブラント——バウハウスの金属工房を制した女性
- 8.バウハウスの素材実験——なぜ「飾らない」を選んだか
- 9.ナチズムとバウハウス——閉鎖に追い込まれた本当の理由
- 10.バウハウスの亡命と拡散——思想はいかにして世界に広がったか
- 11.パウル・クレーとワシリー・カンディンスキーはなぜバウハウスにいたか
- 12.バウハウスとソヴィエト構成主義——交差した二つの前衛
- 13.バウハウスが残したもの——現代デザインへの100年の影響
ウルム造形大学(1953–1968)
ディーター・ラムスと機能主義
- 19.ディーター・ラムスとは誰か——ブラウン社60年の軌跡
- 20.良いデザインは革新的である——ラムス第1原則
- 21.良いデザインは製品を便利にする——ラムス第2原則
- 22.良いデザインは美しい——ラムス第3原則
- 23.良いデザインは製品を理解しやすくする——ラムス第4原則
- 24.良いデザインは控えめである——ラムス第5原則
- 25.良いデザインは正直である——ラムス第6原則
- 26.良いデザインは長持ちする——ラムス第7原則
- 27.良いデザインは細部まで徹底している——ラムス第8原則
- 28.良いデザインは環境に配慮している——ラムス第9原則
- 29.良いデザインはできる限りデザインしない——ラムス第10原則
- 30.ラムスとジョナサン・アイヴ——アップルが認めたドイツの遺産
ドイツ製造哲学
- 31.DIN規格とは——ドイツ人の「標準化」への執念の源流
- 32.iF賞はなぜハノーファーで生まれたか——世界最大級のデザイン賞の誕生
- 33.レッドドット賞の創設——エッセンから世界へ
- 34.ドイツと日本のデザイン美学——なぜ侘び寂びとバウハウスは共鳴するか
- 35.ZACKが継承するもの——現代ドイツデザインの今
この記事は ドイツデザインの系譜|機能と美が出会った100年の歴史 アーカイブの一部です。
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