ラムスとジョナサン・アイヴ——アップルが認めたドイツの遺産
ディーター・ラムスが設計した製品を初めて目にしたとき、ジョナサン・アイヴは強い衝撃を受けた——というエピソードが語り継がれています。1989〜1992年頃、ロンドンのデザインスタジオ(Tangerine社)に在籍していた時期のこととされています。
「コピーか影響か」という論争を離れて言えば、20世紀後半のドイツ工業デザインが21世紀のシリコンバレーにきわめて明瞭な形で受け継がれた事例が、ラムスとアイヴの関係です。
二つの製品——T3とiPod、ET66と計算機アプリ
並べると鮮明になります。1958年のブラウンT3ポケットラジオと2001年の第1世代iPod。縦長の白い本体、丸みを帯びたコーナー、正面中央に配置された円形コントロール——造形の文法が一致しています。T3の円形ダイヤルとiPodのクリックホイール、白い本体と丸みを帯びた矩形の比率には、しばしば類似が指摘されます。
1987年のBraun ET66電卓とiOSの計算機アプリも同様です。無彩色の黒・グレー系で統一されたボタン配色、「=」だけを黄色でハイライトする配色ルール、キーの物理的配置——iOSの計算機アプリは長年、ET66の配色システムをほぼそのまま参照していました。アイヴ自身が2011年のRams Foundation授賞式でこう述べています——「特に計算機アプリに対して特別な愛着(particularly affectionate)を感じる」と。
アイヴの手紙——ラムスへの敬意
アイヴはラムスに個人的な手紙を送り、その作品への深い尊敬と、アップルのデザイン哲学がラムスの原則から多くを学んでいることを率直に伝えたと伝えられています。
アイヴはその後も公の場でラムスへの敬意を繰り返し表明しており、2011年のRams Foundation授賞式ではこう述べています——「ディーター・ラムスの作品は、私が成長するにつれて最も重要だと思うデザインの多くに対して、私の理解を形成し続けてきた」。デザイン業界において二人のデザイナーの師弟関係に近い影響関係が公に認知された、珍しい事例として繰り返し引用されてきました。
ラムスの評価——「私が達成できなかったことを、アップルは達成した」
2011年のDezeen誌インタビューで、ラムスはこう述べています——「アップルは私が達成できなかったことを達成した」。ラムスが目指しながらブラウン社では実現できなかった大規模な普及——シンプルで誠実なデザインが数億人のユーザーに届くこと——をアップルが成し遂げたという認識です。
2009年のドキュメンタリー『Objectified』(Gary Hustwit監督)でも、ラムスは「アップルは自分の原則に従ってデザインしている数少ない企業の一つだ」と明言しました。これは批判ではなく、同じ方向を向いた者としての承認の言葉です。
「コピーか影響か」論争とその文脈
2012年、Apple対Samsung特許訴訟の中で、ブラウン製品とiPhoneの類似性がSamsung側の「アップルのデザインは独創的でない」という主張の根拠として持ち出されました。皮肉なことに、ラムスが産業デザインの倫理的基準として打ち立てた原則が、特許法廷での武器として使われたわけです。
訴訟の中でアップル側は、ラムスのデザインからの影響を認めつつも、それは盗用ではなく「影響を受けた創造」であると主張しました。ラムスのデザイン遺産が法廷の論拠として持ち出されたこと自体、その影響力の大きさを示しています。ラムス自身はこの論争について多くを語りませんでした。「自分の原則が実践されていることが重要であり、誰がどの程度借用したかは本質的な問いではない」というのが彼の立場に近かったと伝えられています。
ドイツデザイン遺産の意味
ラムスとアイヴの関係は、20世紀ドイツ工業デザインの影響力を象徴しています。バウハウス(1919-1933)がアメリカに亡命し、モダニズムを世界に拡散させたように、ラムスのブラウン時代のデザイン哲学はアップルを経由して21世紀のデジタル製品に継承されました。
違いがあるとすれば、バウハウス亡命は強制的な離散であり、ラムスからアイヴへの継承は選択的な学習だったことです。アイヴは能動的にラムスを探し、学び、敬意を表した。これは「設計原則の普遍性」への証言でもあります——ドイツの戦後工業社会で生まれた10原則が、半世紀後のシリコンバレーで別の形に実装されるほど、その論理は時代と文化を越えて機能した。
ラムスが残したもの
2011年のRams Foundation授賞式でアイヴが述べた言葉は、二人の関係を最もよく表しています——「ディーター・ラムスの作品は、私が成長するにつれて最も重要だと思うデザインの多くに対して、私の理解を形成し続けてきた」。
1932年生まれのラムスは、この記事が書かれている2026年現在も存命です(93歳)。半世紀以上前にブラウン社で設計した製品の多くは現在もMoMA・V&A・サンフランシスコ近代美術館などに永久収蔵されており、1960年に設計したVitsœの606棚は今も新品が販売されています。
「良いデザインはできる限りデザインしない」——10原則の最後の言葉は、ラムス自身の存在様式でもあります。彼はデザインという行為の中にできる限り自分を消し、製品がユーザーに奉仕することを最優先した。その消え方が、結果としてドイツデザイン最大の遺産になりました。
本シリーズ「ドイツデザインの系譜」ディーター・ラムス編、全12本。次回からは「ドイツ製造哲学」編——DIN規格、iF賞、レッドドット賞へと続きます。
Photo: Marcus Dawes, CC BY-SA 3.0. モノクロ化・背景ぼかし処理。
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この記事は ドイツデザインの系譜|機能と美が出会った100年の歴史 アーカイブの一部です。
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