良いデザインは環境に配慮している——ラムス第9原則
ディーター・ラムスの「良いデザインの10原則」第9条——「良いデザインは環境に配慮している(Gutes Design ist umweltfreundlich)」。Vitsœの公式テキストはこう続きます。
「デザインは環境保護に、そして人類の持続可能な未来に対して本質的な貢献をする。消費・廃棄物・環境を破壊するリソースを最小限に抑え、物理的・視覚的な汚染を引き起こさない(It conserves resources and minimises physical and visual pollution throughout the lifecycle of the product)」。
「視覚的公害(visual pollution)」という言葉が、1970年代のラムスの文脈に現れることに注目してください。これは環境基準や排ガス規制の話ではなく、目に映る世界が醜くなることへの倫理的抗議です。
「視覚的公害」という概念
1976年、ラムスはニューヨークでこう講演しました。「私たちが今日、住まいや都市や景観を雑多なジャンクの混乱で埋め尽くしている無思慮さを、未来の世代は震えながら振り返るだろう」。
ラムスにとって、デザインの環境問題は二層構造です。第一層は物理的汚染——過剰な素材消費・廃棄物・有害物質。第二層は視覚的汚染——不必要に複雑で目障りな造形が、人が生活する空間を劣化させること。どちらも「思慮なきデザイン」から生まれる。
この視点は1940年生まれのラムスが成長した戦後ドイツの文脈とも重なります。復興期の大量消費文化が都市を覆い始める1950〜60年代、ブラウン社のデザイン哲学は「静かで目立たない」製品を指向しました。それは単なる審美的選好ではなく、過剰な視覚刺激への抵抗でもあったのです。
ラムスの後悔——2018年の告白
2018年公開のドキュメンタリー映画『Rams』(ゲイリー・ハストウィット監督)の中で、ラムスは重い言葉を残しています。「デザイナーたちは過消費社会の共犯者だ。私自身も含めて」——製品を作り続けることで、消費文化の拡大に加担してきたという認識です。
ラムスは1970年代末にすでに「思慮なき消費のための思慮なきデザインの時代は終わった」と宣言していましたが、ブラウン社での60年のキャリアを振り返ったとき、自分が設計した数百点の製品もその流れの中に存在していたことを直視したわけです。
この自己批判は第9条に特別な重みを与えます。「環境への配慮」を原則として掲げた当人が、産業デザインという構造の中で矛盾と格闘し続けた——それがラムスの誠実さの証でもあります。
606シェルフ——「世界で最も環境にやさしい棚」
Vitsœが「世界で最も環境にやさしい棚」と呼ぶ「606ユニバーサル・シェルフシステム」は、第9条の具体的実践として最も説得力ある事例です。
理由は単純です——一生使い続けられるから。1960年の設計以来65年以上、部品変更なしに製造・販売が続き、1960年代製の部品が現行品と完全互換。スペアパーツはVitsœが既存顧客に提供し続けています。
「買い替えが不要なデザイン」がいかに環境負荷を下げるか。廃棄されない製品は廃棄物を出さない。製造エネルギーも一度で済む。材料のアルミニウムは再生利用率が高く、使われなくなっても素材として循環できる。これが「ライフサイクル全体を通じた環境への配慮」の意味です。
EU修理権指令——ラムスが先んじた50年
2024年、EU議会は「修理権指令(Directive on the Right to Repair, 2024/1799/EU)」を成立させました。製造業者に修理義務・スペアパーツへのアクセス保証・修理を困難にする設計の禁止を求める法律です。
ラムスが1960年代に606で実践した「後方互換性」や「修理しながら使い続ける」という考え方は、半世紀以上を経た現在、EUの修理権指令の法制化という流れにも現れています。
この指令はスマートフォン・家電・自転車・衣類まで幅広い製品カテゴリーを対象としており、2026〜2027年にかけて段階的に適用されます。バスルームアクセサリーの分野でも、素材の耐久性や交換部品の入手しやすさは、今後より重視されていくはずです。
ZACKの「長く使う」哲学と第9条
バスルームアクセサリーの環境問題は、素材選択から始まります。安価な亜鉛合金や表面メッキ製品の中には、使用環境によって腐食や剥離が早く進むものもあります。廃棄された製品はほとんどが埋め立て処理されます。
ZACKが使う18/10ステンレスは、塗装やメッキで金属らしく見せる素材ではなく、素材そのものが高い耐食性を持っています。ヘアラインやミラーポリッシュの仕上げは、その素材感を隠さずに見せるための表面加工です。適切にメンテナンスすれば、数十年単位での使用に耐えます。
ラムスの第9条が「ライフサイクル全体を通じた環境への配慮」を要求するとき、それは製品の寿命そのものが環境負荷を決定するという認識から来ています。「一度、良いものを選ぶ」——これが最も効果的な環境配慮の形です。次回は第10条「良いデザインはできる限りデザインしない」を読み解きます。
こちらもおすすめ
Series
ドイツデザインの系譜 — 全記事一覧
前史——バウハウスが生まれる土壌
バウハウス(1919–1933)
- 4.バウハウスとは何か——ワイマール共和国が生んだ実験
- 5.グロピウスが夢見た「統合芸術」——バウハウスが目指した全体デザイン
- 6.バウハウスの金属工房革命——ティーポット一つが変えたデザイン史
- 7.マリアンヌ・ブラント——バウハウスの金属工房を制した女性
- 8.バウハウスの素材実験——なぜ「飾らない」を選んだか
- 9.ナチズムとバウハウス——閉鎖に追い込まれた本当の理由
- 10.バウハウスの亡命と拡散——思想はいかにして世界に広がったか
- 11.パウル・クレーとワシリー・カンディンスキーはなぜバウハウスにいたか
- 12.バウハウスとソヴィエト構成主義——交差した二つの前衛
- 13.バウハウスが残したもの——現代デザインへの100年の影響
ウルム造形大学(1953–1968)
ディーター・ラムスと機能主義
- 19.ディーター・ラムスとは誰か——ブラウン社60年の軌跡
- 20.良いデザインは革新的である——ラムス第1原則
- 21.良いデザインは製品を便利にする——ラムス第2原則
- 22.良いデザインは美しい——ラムス第3原則
- 23.良いデザインは製品を理解しやすくする——ラムス第4原則
- 24.良いデザインは控えめである——ラムス第5原則
- 25.良いデザインは正直である——ラムス第6原則
- 26.良いデザインは長持ちする——ラムス第7原則
- 27.良いデザインは細部まで徹底している——ラムス第8原則
- 28.良いデザインは環境に配慮している——ラムス第9原則
- 29.良いデザインはできる限りデザインしない——ラムス第10原則
- 30.ラムスとジョナサン・アイヴ——アップルが認めたドイツの遺産
ドイツ製造哲学
この記事は ドイツデザインの系譜|機能と美が出会った100年の歴史 アーカイブの一部です。
ZACK.HAUS































































































